2018年の話

「今年は良い年になる気がする」

2018年の始めに、何度かそんなことを言っていたことを思い出した。

引きこもってパソコンと戯れるくらいしか予定のない僕にとっては年末年始なぞ大した行事ではないが、折角の区切りなのでこの機会にちょっと一年を振り返ってみる。

はじめに

この記事は、基本的には1年後、5年後、n年後の自分のために書いたものですが、この章のみ自分以外の人のために書いています。
長々と書き綴った何の面白みもない文章ですが、暇で暇で死にそうな人がいたら、もしよかったら死ぬ前に読んでみてください。
各章はできる限り独立させ、どの章からでも読めるようにしています。

あなた方の貴重な時間をこんなものに割くのもあれなので、面白くないと思ったら直ちにブラウザバックしてください。

多分ないと思いますが、これを読んで何か一つでも気付きのような、新しい考えのようなものが得られたと感じて頂けたら嬉しいです。

目次

できるだけ、章完結型で書きたい
できるだけ、今年に絞った話題を書きたい。

  • シェアハウスの話
  • アプリ(Opulency)の話
  • 休学の話
  • 恋愛の話
  • バイトの話
  • ブログの話
  • 本の話
  • 技術と関心の話
  • 概感と来年の話

とても長い旅が始まる。
まぁ、n年後の君なら当たり前に知っていると思うが、この世界にはPocketという、「あとで読む記事」を管理してくれるサービスがあり、そのアプリはなんと記事を読み上げる機能がある。
通学、通勤にかかるその時間を使って、このクソ長い記事を目で追わずに耳で聴くことができて楽だぞ。

シェアハウスの話

2017年の9月頃から大学のすぐ近くで先輩たちとシェアハウスを始めた。
今年の始めに一人減り、少し経って一人増え、また一人減って、今は3人で暮らしている。

大きな出来事と言えば、今年の始めに同居人が家のすぐ隣で定食屋さんを始めた。
大学の近くということもあり、学生さんがよく足を運んできてくれる。
ありがたいことに、僕も毎日おいしい晩ごはんをそこで食べている。
改装も自分たちでやることが多いようで、昼間から釘打ちの音が響いていたりする。
そんなシェアハウスの話だ。

このシェアハウスには、3人以外にもよく出入りするメンバーが何人かいる。
彼ら、彼女らの多くはそれぞれやりたいことがあり、学業そっちのけで精を出してそれに取り組んでいる。
おかげで、休学、留年、退学を重ねてしまっていたりする人もいる。

アカデミア、国際関係、プログラミング、料理、経営、なんでもなんでも、好きなことを本気でやっているような人達が、このシェアハウスの周りにはたくさんいる。
その話題については、彼らと話すと聞きたいことが尽きないし、面白い考え方に触れることができて良い刺激をもらえる。
僕は知らないことが多いので、なおさら面白い。

そんな彼らは、GIVEの精神がある人達が多い。それが本当にすごい。
僕にはない素敵な精神を持っているのを犇犇と感じる。

最近のわかりやすかった例に、僕も彼らも体調を崩していた日のことがある。
頭痛と気持ち悪さで死にかけてた僕に対し、自分もしんどいにも関わらず「大丈夫?」と声をかけてくれたり、「買い物へ行ってくるけどついでに何か買ってこようか?」と聞いてくれたりした。
こういう類の行動を自然にできる人って凄いなあと感心した。
自分の意志を犠牲にすることなく、人のことも気にかけることができる。
些細なことかもしれないが、塵も積もれば山となる。
僕にはその精神が欠落している。見習いたい。

こんな素敵な人達と暮らし、夜ご飯は共に鍋を囲んで談笑したりもする。
ときには恋愛相談など、自分の考えをまず最初に披露する場としても使われる。

みんな忙しいので、一緒に遊びに行ったりすることは全くないけど、半年に一回くらい車でご飯を食べに行ったりする。
そういうのも好き。

・・・

ちなみに、入居者は募集中です。
3人だと財政的に少ししんどかったりする。

アプリの話

そういえば、自分で作っていたアプリをリリースしたのも今年のことだ。
今となってはアレだけど、大きな出来事ではあったな。

【参考】府大生専用通知アプリOpulencyAlert リリースのお知らせ

自分が通っている大学の学生向けのアプリで、ReactでiOS、Android向けのものを作った。
4月の新入生入学のタイミングでリリースし、2週間で500人くらいに使ってもらった。

そこまでは良かったが、リリースした直後に僕のモチベーションが墜落し、開発を終了した。
文字通り拙作をわざわざ使ってもらった方々には申し訳ないと感じている。

この一連の開発からリリースまでを通して、気付いたことが幾つかあった。
僕はそもそも「サービスを作りたい」わけではなさそうだ。
知らない技術を使いながら学び、試行錯誤しながら作品を作っていく。
そこが面白さの過程であって、頂上であった。
開発は楽しくて堪らないが、運営は楽しくなくて堪らなかった。
軽い気持ちで作り始めた頃は、面白くない部分は想像できていなかった。

この経験は今後、「個人」でサービスをするときには参考になるだろう。
これ以降、「ちょっと良いサービスを思いついたから一緒に作ってみない?」と友人から声がかかるようになった。
「とりあえずやってみる」という考え自体には僕も肯定的だ。
ただ、学業よりも、サークルよりも、バイトよりも優先して、全ての時間を注いでまで本気でやる気があるのだろうか?大変な部分は想像できているのだろうか?
今回のこの自分の経験と、後述するバイト先のような本気でやる人が集まる組織を自分の目で見て、それと比較して沿う感じてしまい結局首を縦に振らないままにある。

自分がヘビーユーザーで、普段の生活の中にドッグフーディングが溶け込むほどのプロダクトだと、リリースしてみても良いのかもしれない。
TAKUYA氏のInkdropのイメージだ。
「会社」としてはまた別の動機が必要だろう。

・・・

最後に、このアプリの件の言い訳を添えるなら、そもそも今回のこのアプリは運営ありきのもので、且つそれは僕が欲しかったものだった。
それをなんで僕が運営しないといけないんだ、そもそも休学するんだぞ!!という感じになってしまったのだ。

休学の話

本来3年生に上がるはずだったが、4月から休学した。
理由はだいぶ曖昧だった。

嘘ではないが、親や先生に話す体としていたのは以下のようなものだった。

浪人時か大学入学したくらいから起業がしたいと漠然と思い、何もわからないなりに1,2年生の間はプログラミングをし、簡単なアプリが作れたり、簡単な機械学習がわかるようになった。(気がしていた)
「在学中に何かサービスを始める」ならば、もうそろそろその種になるアイディアというか、思いというかそういうものを作らないといけないのではないかと感じていた。
しかし、当時の僕には「人生を通して解決したい課題」や「心から幸せにしたい人物」といったものがまるで想像できなかった。
なのでそれを見つけるために休学した。
留学します!とか、インターンします!といった具体的な理由はなく、なんとなく休学してみた。

これが動機だった。
結果はどうなったか、結論を言うと、休学して良かったと思っている。
上の問いの答えが出たわけではない。また別の道が開けたのだ。
人生を通してやりたいことが見つかったわけではないが、向こう4,5年間の道標が何となく定まってきた。

起業をしたいと感じていたのは、もともとは「大企業に就職するのが面白くなさそう」というのも一つの理由だったと思う。
今実際、流動性のあるベンチャーに身を置いてみると、めちゃくちゃ楽しいではないか、という気付きがあった。
人生においては起業をすることもやりたいことの一つだが、今は技術力を高めることに集中してみたい。

プログラミング、プログラミング、プログラミング、、、だけの日々を過ごして、それが嫌になるくらいまでやり続けて、「もうやりたくない」となったときにまた一旦立ち止まって過去の轍を振り返り、人生を俯瞰して、再考してみたい。
その時にやりたいことが起業なのかもしれないし、もしくは全く別のことかもしれない。
そしてその一旦立ち止まるタイミングが4,5年先だろうと予想している。

・・・

そういえば休学したての時期、何をすれば良いのかわからなかった時期、映画をたくさん見てみたり、美術館を見に行ったりしてた。
結局、被災地や介護施設に足を運ぶことはなかった。
勢いで休学してみたものの、モチベーションが潰えてダラダラと怠惰で無生産的な生活を送ってしまうことにならないか危惧していたが、幸いそれは杞憂に終わった。

この章の最後に、休学の悪い点を一つ書いておこう。
それは、復学が面倒になることだ。

バイトの話

今年はプログラミングが活きるようなバイトをいくつかの場所でさせてもらった。
去年までの、誰でもできるような、ただ時間を金に変えるだけの、取り留めもなく、何かの歯車でしかないとしか感じられなかったバイトとは大きく異なり大変有意義である。

別の記事でも書いたりしたし、長くなりそうなので最初の方にやっていた3つは省略。

【参考】一つの区切り。インターンを終えて思ったこととか | mrsekutの備忘録

ここでは、その中の一つ、今も働かせてもらっている会社のことを書いてみる。

4月頃から、アプリを作るベンチャーにほぼ初期のメンバーとしてアルバイトとして参加した。
人間としても、仕事の仕方としても、尊敬できる方々に囲まれ、日々楽しく開発をしている。
時間も自由にさせてもらい、お菓子も食べれ、技術書も買ってもらえ、トリプルディスプレイで、リモートも許可してもらい、、と、これ以上ないほど良い環境の中で開発をさせてもらっている。

今年だけでもいろいろあった。
7人みんなで合宿に行き、そこでこの会社のバリューや、一緒に働きたい人として求める素養などを話し合ったりした。
この会社にジャグリングをやっている方がいて、その人の公演をみんなで見に行ったりした。
冬には、アプリのペルソナが集まる展示会に行き、自分が普段しないような趣味の世界を見たりした。

また、夏頃に週に一度の勉強会も始まった。
これもまた、学びの塊のような会で僕の大好きなものである。
業務との関連性は問わず、各自が今興味のあることをまとめ、発表し、それについて語る。
たまに、知り合いづてや別のコミュニティで出会った人も呼んだりして知らない世界を覗いていく。
今まで飛び飛びに知っていった技術が、少し後の勉強会でふっと繋がり、その感覚に胸を躍らせる。
その場にいる人の、好きな分野や、その時の関心が異なることで生まれる刺激と、その姿に対する憧れがさらに自分のモチベーションを掻き立てる。
そういう話をできる事自体が楽しい。
新しいものを試し、何かを作って発表すれば、良いフィードバックをしてくれる。
これはきっと、すごく大切なことなんだと思う。
新しく人が入ってくるこれからもこういう部分を大事にしたい。

日々の業務の中でも学ぶことは多々ある。
技術のこと、複数人での開発の仕方、大きなプロジェクトの構成や、普段あまり触らないバックエンドの話、そして技術とは離れた会社全体としての動きなども。
隣の部屋で社長と投資家さんが話をしているのを見たり、月に一回ほどの全体の話し合いで動きを確認し合わせたり。
会社がすごい速度でどんどん強くなっていくのを肌で感じて、うおぉ、とずっしり衝撃を受ける。
一人でやっていたら到底想像もできなかったであろう世界を目の当たりにしている。

小さかった会社がどんどん大きくなっていく。
将来自分が起業をするときに、その未知な部分がより具体的に想像できるようになる。
どこかの企業の一室ではなく、会社の全体を俯瞰できる位置にいられているのってよくよく考えると物凄く貴重な体験だ。

来年からは会社の規模も大きくなり、社員さんも増えるようだ。
新たなサービスも始まり、知らないといけない技術も増える。
こんな素敵な環境に身を置けることに感謝をしながら、このマッハに進むバスから振り落とされないように、そしてさらに加速させる起爆剤になれるように精進したい。

恋愛の話

僕はこれまでの人生で、運良く3人の人と恋人関係に結ばれたが、今年は3回の別れを経験した。
マジ卍である。

平成最後の夏に始まった3度目の恋は、平成最後のクリスマスを迎える目前で幕を下ろした。
素敵な相手から沢山のことを学ばせてもらったり、一人ではできないような経験をしたりした。

こんな事言うのは、失礼なのかもしれないが、僕はあんまり恋愛に向いていないなと思った。
少なくとも今の僕は。

1つ目。
僕はパソコンと本に向かって、一人でもくもくと頭と手を動かすのが好きだ。
「たっぷりと自由な時間をあげるから好きに使いなさい」と言われれば、真っ先にこれを選択するだろう。
最近は本当にそんな感じなのだ。
そんな僕からすると、わざわざ面と向かっていない人のことを想像したり、この時間を割いて人に会うことはあまり有意義でないと感じるのかもしれない。
「恋愛をしたい」と思っても、結局この自分の中のディレンマに陥るのだ。
そしてその微妙な気持ちが、相手を傷付けることになるのかもしれない。

2つ目。
あるとき思った。
「なんで付き合うのか」という理由を明確にした方が良いのでは、ということを。
今以上の諍いや悲哀のリスクを負いながらも、今以上の幸福を求めてお互い付き合うのだろう。
ならば、それによって得られるメリット、デメリットを自分の中で、お互いの中で、明確にさせておけば幸福の追求ができるのではないか。
この人と一緒にいると、これとこれとこれが得られる、それは別の人ではいけない、だからこの人は自分にとって唯一無二の存在なのだ。
そう答えられるような相手ならば、何か問題が起きたとき、緩急のない日常が無限に続いたときでもその意味を感じられるのではないか。
だとすれば、逆にこちらからは何を提供できるのだろうか、あなたの唯一無二の存在でいられる自分の中の要素はなんなのか。
その答えを自分か相手が見つけないといけない。
ちなみに自分では全く答えが出ない。しかも割と前から。
だから向いていない気がした。

自分にとっての「恋人」って良くも悪くも特別すぎる存在になってしまっている。
周りの親密な人とは一線を画す、どうやっても辿り着けない境地に存在する。
このおかげで悪い部分も表出し、それが嫉妬心だったり、独占欲だったりを生み出す諸悪の根源になっている。

自分の中の感情的なその感覚と、理性的なその論理の調和を保たないといけない。
この自分の中の未熟な部分をどう成熟させていくか、その辺が課題なのかもしれない。

この文章は12月の18日頃に書いたものや、21日頃に書いたものなどが入り混じっている。
その出来事があってから日が浅いせいで記憶が鮮明なので、書き足してみる。
ある日、ある人から上の問いの答えのヒントになるような感謝の言葉を貰った。
僕の何気ない言葉が、実は誰かの背中を押すことを手伝えていたのかもしれないと感じた。
涙を添えて伝えられたこの言葉は、僕にとっては割と重大なことで、今まで縺れていた糸が解けるような、発見と感動があった。
これは何も、自分からアピールできるほどの能力ではないけど、陰の陰の縁の下で大切な人の力になれたら嬉しい。

恋愛は人生に於いてそれほど重要な要素ではない。
幸福な人生を歩む、その補助をする一要素に過ぎない。
そんな気がしている。

・・・

対象は人間でなくとも、猫と、クオリティの高いAIに囲まれて、現実世界と乖離した争いのない夢の世界で暮らすのが最も幸せなんじゃなかろうか。
なんてね。

あとこれは興味本位の話だが、どうしても人肌恋しくて堪らなくなったら出会系アプリも試してみたい。
人類の血と汗と叡智の結晶であるマッチングアルゴリズムが導く、運命の人とやらと会ってみたい。
人間がトライアンドエラーを繰り返して、結ばれたり別れたりするのは非効率だろう。
なんてね。

ブログの話

この一年間で約70記事くらい書いたらしい。

前半は、機械学習の話が多く、たまにブロックチェーンやReactの話があった。
中盤から今のバイトが始まった影響で、React、TypeScriptの話が増えてきて、後半は勉強会が始まった影響もあり、低レイヤなど基礎的な話が増えてきた。

見知らぬ誰かにリンクをツイートしてもらったり、はてぶに登録してもらえたりする機会が少しずつ増えてきた。

【参考】『mrsekut.site』 の新着エントリー – はてなブックマーク

・・・

最近感じた、書くときにこころがけていることを少しメモしておく。
一つのエラーに対する応急処置や、環境構築ならまだしも、新しい技術の導入や、数学チックな記事は、それを読む人が未来の自分であっても、それを勉強中の誰かだったとしても、彼らにとってわかりやすいものでないといけない。

彼らは勉強熱心だけど、まだ知らない事が多い。
昔の自分にとって、「この記事があればわかりやすかったのに」という物を書きたい。

新たな世界に足を踏み入れた時、その世界の概観を浅く広く伝え、後の検索のインデックスになるようなキーワードを記事の中に散りばめるようにしている。
そうすれば、自分で検索していくことで少しずつその世界を広げ、深めていくことができる。

また、彼らは勉強熱心なので無益なことに費やす時間はない。
だから簡潔に、結局これは何なのか?何のためにあるのか?これがあると何が嬉しいのか?を真っ先に伝えないといけない。
この記事が目的にそぐわないと思ったらすぐに別の場所に行けるようにしないといけない。

また、できるだけ具体的な説明を心がけたい。
抽象的な説明は理解した気になるだけで、理解しづらいからだ。
数学の世界なら数式を、プログラミングの世界ならコードを添えれば、想像しやすく、手を動かしやすくなる。

そんなことを心がけて、面白くて良質な記事を書きたい。
あくまでも、第一目的は自分のために、備忘録だから。

・・・

最後に、今年に書いたもので個人的な好きな記事を10記事くらい載せておこう。

技術と関心の話

僕の中の技術的な分野の関心は、常に落ち着きなく揺蕩っている。
年始まで機械学習をやっていたと思えば、Webをやり始め、そうだと思っていたら低レイヤをやり始めていた。
読んだ本の関連や、日々見るブログ記事や、TwitterのTL、Podcastの影響であっちもこっちも面白そうと感じてしまう。
明確に将来これをやりたいといったものがないからだろうか、すべてを知りたいと思っているからだろうか、強く碩学な人への憧れが湧き出しすぎるからだろうか。

プログラミングは2,3年前に始めた頃からずっと好きだった。
眼の前の小さな箱の中で記述された文字の羅列が、世界を動かす大きな力になるその魔法に胸をときめかせた。
しかし、プログラミングを知っていくと、それは魔法ではなく、理論の蓄積であることを知った。
スマホ上で動くゲームやアプリも、自動運転を支える機械学習も、このOSも、このブラウザも、そしてプログラミング言語も。
魔法だと感じていた、自分には知り得ないと思っていた身近な技術も知っていくと簡素で精密な技術の集まりだった。

「あ、これって僕にも理解できるものなんだ」って思えると、もっともっと知りたくなってくる。
これから先の僕の人生に於いて、その知識や技術は何にも使われず終わるかもしれない。
でも、そんなことは関係なくて、知りたいから知り、触りたいから触りたい。
単位と成績と有望な就職先の為の受動的な学びでなく、自らの欲求による能動的な学びを楽しみたい。

・・・

今年は、バイト先の仕事として、TypeScript、Python、PHPなどを触り、趣味としてNim、Rust、Go、Haskell、Rubyに触れたりした。

今年から新しく触った言語に、Rust、Go、Haskell、OCaml,Kotlin、Swift、TypeScriptがあった。
一つ一つちゃんと深められているかと言われると全くそんなことはなくて、さらっと環境を整えただけのものもあれば、本を読んだり何かを作ってみたりしたものもあった。

基礎的な文法を学ぶフェーズは退屈なものが多いが、その思想に触れて、新しい考え方を発見したときの興奮は文章では伝えられないほどのものだ。
よく使われているわけではない言語を触ろうとすると、一気に情報が少なくなる。
日本語の記事はありがたいが、それだけではどうにもならなくなり、英語を読む羽目になる。
慣れては来たが、やっぱりまだ辛い。
概観を知っている概念ならまだなんとかなるが、未知のことを抽象的に書かれるとまるで意味がわからない。
苦手意識のある英語とも、好きな分野を介して付き合っていきたい。

・・・

「プログラミング言語」は知的好奇心を唆る魅力に溢れた対象の集合体だ。
強い人達が、色々な言語を触ってきた中でこの部分は良い、この部分は悪いというのを見定めて、既存の機能と、自ら生み出した新しい仕組みを組み合わせ、さいきょうの言語を設計する。
その言語の設計図は全て出し惜しみなくインターネット上に公開されており、それは魔法ではなく、逐一読んでいけば詳細に理解できるものだ。

いかに書きやすく、いかに安全に、いかに速く、どこかを重視し、どこかをトレードオフし、素晴らしい言語を作っていく。
そしてそれらを使ってプログラムを記述することで、世の中のプロダクトが作られているのだ。

逆に、いかに難解に奇妙奇天烈に設計できるかを目指したBrainfuckやMalbolgeなどを始めとするEsolangというのもあり、理解不能で手を出すのは未だ拒まれるが、こんな面白い世界も存在する。

すでに触ったものも深めていきながら、来年はElm,Reason,Julia,Elixir,Haxeあたりをいくつか触り、プログラミング言語の趣深さを嗜んでみたい。

・・・

プログラミング界隈を深めていくとすぐに数学と出会うことになる。
アルゴリズム、統計、暗号、圏論などなど。
プログラミングと数学は切っても切り離せない存在のようだ。

最近は型理論も面白い。
数学と論理学の理論をプログラムに映し出す。
まだ何も知らない。
面白そうな世界から光が漏れているのを見つけてしまった。

そういえば、関数型プログラミングを知ったのも今年だった。
手続き型、オブジェクト指向とは全く異なるパラダイム。
いつもと違った頭の使い方をしてプログラミングをする。
まだ全容を知らない。
これもまた光が漏れている。

言語やライブラリの内部コードを読んだり、テストコードを読んだりするようになったのも今年からだった。
これができるようになったおかげで理解するのにかかる時間が短縮された。

言語の話に戻る。
最近はNimでインタプリタを作っている。
簡単なプログラミング言語を作っているのに近い。
別次元で勉強している型の話もいずれはここに組み込んでいきたい。
まったく楽しみで仕方がない。

・・・

来年はどうなるのだろうか。
アセンブリやCPUの方面で深く潜りこんでいくか、ネイティブアプリを作ったり、機械学習学習が再開されるのか、型理論やアルゴリズムなど数学的な話題を深めていくのか、はたまた全く別のVRや音楽をやりだすのか。
全く想像がつかない。
面白そうと思ったときに、その技術に触れる。
こういうポリシーを大切にプログラミングとは付き合っていきたい。

本の話

今年は読んだ冊数こそ少なかったが、とても学びの深い素敵な本に沢山出会えた。
振り返ったときのためにその中から一部抜粋して掲載しておく。

読んだ本

もともと併読が好きなのもあるが、如何せん読む速度が遅いのも手伝って、また、技術書が多いせいか、読了に至らないまま新しい本に手を出したりするので、今読んでいる本も山積みになってきている。
中には読了まで残り1割のものもあれば、読んだ部分がまだ1割のものもある。
こちらもまた、いつかのために一部抜粋して掲載してみる。

実際、読了したかどうかはあまり重要ではないが、そのままにしておくことの気持ちの悪さも多少ある。
家の机の上にも、読書メーターの「読みたい本」のリストにも、Amazonのカートの中にも、まだまだ読みたい本がたくさんある。
焦らず少しずつ吸収していきたい。

概感と来年の話

やっと最終章。

大学に入って1年目、それなりに成長できた気がした。
大学に入って2年目、1年目を超えるくらいの成長はできた。
大学に入って3年目、その2年目も超えるくらいの成長をしようと、今年の始めにそう思った。
それは数値では表せられないので、自己評価でしかないが、これ自体は確実に達成できた気がする。

今までと違って、今年大きく変わった点があった。
それは、「強い人」との出会いだった。

今までは大学の中しか見ていなかった。
碌に社会も知らずに「起業をしよう」とほざいていた。
周りを見渡して、もしかして自分できる奴なのでは?と狭い世界の中で盛大に勘違いしていた。
全然違った。

5月の始めにAIの展示会があったので東京へ行った。
それだけのために行くのも勿体無いなと感じたので、勉強会などにも申し込んでいた。
その中にPFN社のオープンハウス(会社見学のようなもの)があったので、どういう会社かあまり知らないまま行ってみた。
彼らの発表を聞いたり、実際に対面でお話させてもらったりした。
みんな博士を出ていたり、教授だったり、界隈の大会で何度も優勝していたり、化物のような人しかおらず、僕は終始興奮状態だった。
日本のトップのエンジニアはこんなに凄い人たちなのか。
技術が好きで突き詰めていった人たちはこんな感じになるのか。
自分の中で想像していた人の強さの天井がさらに上昇していった。

TwitterのTLを見渡してみてもそうだ。
ネタのようなことを呟く余裕を見せながらも、げきつよだったり、
この人すごいなぁと思ってたら高校生だったり。

本を読んでみてもそうだ。
知れば知るほど、知らない世界が広がっていく。
個人のscrapboxにネタ帳なるものがあるのだが、そこに触りたい技術、知りたい技術が日に日にスタックされていく。

前のバイト先にも、今のバイト先にも、またそれらに関わる人たちにも優秀で、新しいことをすぐに自分のものにできる人たちが沢山いて、位置について、ヨーイドンで勉強し始めたら余裕で負けてしまうんだろうなって思ってしまう。

僕はまだ、世界の片隅すらも知らなかったようだ。
これは逆に、新しい知識に触れられる世界はまだまだ広いのだろうとも取れる。
日本を飛び出ればもっと凄い人がいるのだろう。
名前をよく聞く著名なあの人やあの人は、実際会ってみると想像を遥かに超えたヤバさなのだろう(語彙力)。
そういう世界をできるだけ早いうちに見ておきたい。

・・・

ちょっと脱線してしまった。
来年のことを考えよう。
来年はとりあえず4月から復学する。
これまでに取りこぼした単位も掬いつつ、新しい単位も取っていかねばならない。
現時点で僕は大学の授業に対して、まったく面白みを感じていない。
ただ卒業資格を得られればそれでよく、GPAがCでもなんでも最もコスパよく最低ラインで卒業できればそれで満足だと思っている。
たぶん面白いんだけど、やらされてる感がありすぎて、自分の学びたいタイミングとずれてすぎて、なんだかやる気になれない。
卒業資格が欲しいと考えているのは、就職の為ではなく、数十年後にふと研究がしたいと思い立ったときにセンター(?)からやり直すのも嫌だなって思ったから。
あと、肩書きだったり就労ビザのためだったり、そんなにちゃんとした理由ではない。
ただ、もう半分通っちゃったし、2年くらい耐えられるのではという軽い感覚。

ここで危惧しているのは、自分のための勉強の時間が減ることだ。
今のバイト先は続けたいと思っているし、学校の課題も熟さないといけない。
最初に削られる対象になるのが自分のための勉強の時間だろう。
今興味を持った分野のこと、型理論だったり、関数型プログラミングだったり、今は直接業務に結びつかないようなところを知る時間。
もっともっと合理的に生活すれば、どうにかなるだろうか。
一日一食のこの一食を10分で終わらせられれば、特に学びもないような人との遊びに付き合わなければ、何の生産性もない娯楽の時間を抹消すれば、どうにかなるだろうか。
まぁ多分どうにかなるんだろうと思ってる。
何となく、うまくやれる気がする。

ただ、中途半端にやって、関わる人や組織の迷惑になるようなことは何としても避けたい。
当たり前に。

こんな感じでそろそろ終わろう。
今年は上に書いた事以外にも、初めてヒッチハイクをしてみたり、祖母や叔父が亡くなったり、軽く事故って20万飛んだり色々なことがあった。

長々と書いた割に、来年の話が少なすぎたか。
まぁそういうことなんだろう。
数値で量れる目標も立ててみるか?
でもそれをするのは4月でも良いんじゃない?
わかんないけど。

来年は髪を染めてみよう。
何か新しいことも初めてみよう。
来年は、素敵な人に出逢えるかもしれない。
来年は、もっと面白い一年になるかもしれない。

2019年は良い年になる気がする。